a distro “playing favorites with women”

11.01.2013

マージナル=ジャカルタ・パンク Jakarta, Where PUNK Lives - MARJINAL / 中西あゆみ

インドネシアにパンクが根付いたのは自然な成り行きだった。
ここには反逆する理由があり過ぎる。

初到来から20年。今では、アジア最大と言われるこの国のパンク・シーンは年々巨大化し続け、10歳にもならない子供たちもその一部を担っている。東南アジアにあって世界最大のイスラム国家。98年5月、長期軍事独裁政権が崩壊した。

学生を中心にした反体制デモは一般市民を巻き込み、大暴動化。抑圧と恐怖、経済危機と混乱をもたらした30年間のスハルト政権が終焉した。それから15年 経った今、近年話題になるほどの経済成長と共に貧富の差は拡大している。貧困層が人口2億4千万人の半数近くにも達すると言われ、富豪トップ40人の総保 有財産は、最貧困層6,000万人の財産とイコールになるという調査報告もある。

アジアで唯一貧困層が増え続けているこの国は、汚職と腐敗と不条理に埋め尽くされている。町は公害に侵され、インフラは整備されず、教育は高額で、医療制 度は機能していない。警察や教師は賄賂を受け取り、官僚は富んだ暮らしに浸り、国民の多くはスラムに生きる。信号待ちをする車に幼児が裸足で駆け寄り、小 銭をせがんでいる。パンクな出で立ちの幼い少年はウクレレを抱え、バスの乗客の前で一曲奏でる。よくある光景だ。貧しさが生んだフラストレーション。怒 り。怒りが火をつけたパンク・ムーブメント。パンクは、瞬く間に若者の間に広がった。将来への夢や希望がない多くの若者に、パンクはアイデンティティを与 え、感情をぶつける場所となり、さらにはストリートで生きる子供たちにとって生きる術となった。巨大化した彼らの存在を政府も無視する事ができなくなっ た。

モヒカンやタトゥーといった出立ちは、宗教を重んじるインドネシアで差別や偏見の標的だ。病院では入り口で拒否されることも多い。インドネシアでは、支払 い資格のある者だけが病院での受診を許されている。多くの人々が、大金を支払うか死を選ぶしかない現実に直面している。生きる権利は、金持ちにしかない。 堕落した政府に対する国民の怒りの矛先をそらすため、パンクは利用されるようになった。パンク=犯罪者としてレッテルを貼られ、誤った補導や逮捕が横行。 たくさんのパンクスがジェイルにぶち込まれている。選挙前には「街のクリーンアップ」の一貫と称し、ストリートキッズとパンク狩りが決行され、街角から子 供たちが姿を消す。

  
首都ジャカルタで生きるパンクス。
バンド「マージナル」は、革命児でもあり、その中心的存在だ。Marjinalとは、端っこ・崖っぷちに生きる者たち。重要視されず、排除された人々を意 味する。かつて活動家として反体制を叫び、学生運動を続けて来たマイク(36)とボブ(35)。「いくらデモに参加しても何も変わらない」。

政治的自由も言論の自由も無い中で、どうやって自分たちのメッセージを伝えるべきか。96年、二人はバンドを結成。政府に対する怒り、理不尽で不正だらけ の世の中で起こっている事実を記録するための手段としてバンドを始めた。自分たちの経験と知識をシェアすることで、誰かの人生の選択肢が増えて欲しい。ラ イブ活動のみならず、積極的にメディアにも登場。時には批判にさらされながらも独自の啓蒙活動を続けて来た。マージナルの存在は、広く知られるようになっ た。

今では、彼らのパワフルで、政治的なメッセージと、独特な楽曲がインドネシア中のパンクスから絶大な支持を受けている。バスや電車、ストリートの片隅で歌 い継がれ、パンクを知らない人々の心にも深く響いている。ストリートキッズがウクレレで演奏するのは、マージナルの代表曲「ネグリ・ングリ(Negeri Ngeri=恐怖に襲われた国)」。小銭を稼いで飢えを凌ぐ。手に入れやすく、子供の小さな指でも簡単に演奏ができるウクレレの弾き語り。これは、マージ ナルが伝授したストリートでのサバイバル術だ。国中からツアーを懇願される彼らにギャラが支払われる事はほとんどない。インドネシアのパンクスにとって、 ライブのためにお金を払うのは容易い事ではない。それでも彼らはどこにでも出向き、今日も無償のライブを続けている。

バンド活動よりも長きにわたり、独自の生活共同体「タリンバビ
(Taring Babi=豚の牙)」を運営するマージナル。幼くして親を失った子供を含む無職のパンクスを無償で受け入れ、生活の場を提供。「助け合い、分かち合い、お 互いから学ぶ事」をモットーに、音楽やアート、物創りを体験する空間として解放している。「全ての人が出入り自由」というオープンな姿勢が、毎日多くの訪 問者を呼び寄せる。マージナルを慕って国中から訪れるパンクスや学生、近所の子どもたち・・・。人の出入りが途絶える事はない。

ここでの活動と生活の一切は、マイクとボブの二人が、アート作品の販売や刺青業などで支えている。時には、クライアントと「タトゥー=米」を物々交換する ことで、タリンバビ・ファミリーを養う。家賃滞納はしょっちゅう。いつもギリギリの生活だ。食事ができない日もあれば、幼い住人を学校へ通わせる事もでき ない。だからこそ、この場所が、生きて行く術を習得する「学びの場」となって欲しい。


 この16年間、彼らの姿勢がぶれたことは一度もない。
「バンドはツールに過ぎない。自由を獲得するため。この国を変えるため、革命を起こすために僕たちにはやるべきことがある。守るべき仲間がいる。だからこれだけ長い間、目標を見失わずに活動を続けていけるんだ」。

中西あゆみ
写真家。マージナルに衝撃を受けジャカルタに移住。長編ドキュメンタリー映画を制作

 www.ayumi-nakanishi.com